3/30に公開した前編では戸籍と情報収集についてご説明しました。
この後編では、主に家系図を実際に作る話、ならびに家系図作りを通じて出会った、私にとって大事な出会いになった、ある祖先の話を記録しておきます。
1、パソコンで家系図を作る。
さて、前回では戸籍謄本の取得までを記載しました。ここからいよいよ家系図にしていきます。
どのソフトを使用するか
まずはどのような環境で図にしていくかです。人数が10名〜20名程度で少ない場合は手書きのメモもでもよいですが、それ以上になってくると情報整理の面でも視覚デザインの面でもパソコンでの情報整理が必須になると思います。
家系図作成で探すといくつか専用アプリやWEBサービスが見つかります。またエクセルを使う人が多いようで、有志の方が作った専用のフォーマットがあります。

Power Pointの安定性をとった
しかし、私は子孫が引き継いでくれることを期待し、長持ちするフォーマットが良いと思い、専用ソフトではなくパワーポイントで作成しました。
エクセルにしなかった理由は、書き足していく際に内容に応じてレイアウトを自由に変更したかったこと、また図の中に由緒や未確認情報などのメモを残しておきたかったからです。
このような場合に情報整理の自由度を考えるとパワーポイントが一番でした。

そして、特に既成の家系図用フォーマットは用いず、既存オブジェクトの矩形とコネクト線のみで作りましたが、不便はなかったです。さらにパワーポイントで作ったことで、渡す人に応じて必要ない情報を消してレイアウトを変えバリエーションを作る、ということも簡単に行えるようになりました。
ただしこれは好き好きなので、もっと簡易に作りたい、あるいは直系祖先だけの情報でよく傍系は不要という方は家系図専用のフリーソフトや、エクセルの既存フォーマットで良いと思います。
2、どこまで記載するか
典型的な家系図の形
多くの伝統的な家系図の情報設計は長男主体で直系の先祖をできるだけ過去に辿る、という家父長の思想が反映されたものになっています。長男以外の兄弟姉妹の情報は記載されないことが多いです。

これに対して戸籍には長男以外は名前のみ記載され、結婚して戸籍から独立すると以降は追えなくなります。
今回の家系図の形
私は、先祖はどのみち幕末までしか追えないこと、また誰も記録してこなかった一族の記録を残したいという思いから、戸籍に記載されている人は傍系も含めて全部記録しておくことにしまいた。ここで記録しないと永遠に失われてしまう情報だと思ったからです。このため、どちらかというと横長の家系図になりました。

3、家系図づくりから知ったこと
以下が家系図を作っていて分かったことです。
a:姓は絶対ではない
母方は関西の商家だったのですが、養子縁組がとても多いことがわかりました。祖父方、祖母方ともに先祖は違う姓で、いずれも商家に養子として跡取りに入っています。
日本の家とは必ずしも血縁ではなく、家の祭祀の存続が重要だったかつての文化を思わせます。また自分の姓が絶対ではないことも学びでした。

b:長男という意識は先祖を遡ると消える
私自身は、祖父・父・私とずっと長男で来たので、家系を継ぐ長男の意識が強かったのですが、その前に遡ると分家の、そのまた分家であり、勝手に思い込んでいた長男という意識はまったくの幻想であったことがわかりました。
これはある種、自分を縛る無意識のプレッシャーからの解放でもあった、と思います。

c:多くの夭逝した親族の思いを引き継ぐ
戦前の戸籍をみると先祖に幼児期に夭逝した兄弟が数多くいたことがわかり、乳幼児死亡率が高かった時代の厳しさを思い知ります。またこの人たちは何も記録を残さず亡くなり、私が戸籍を辿るまでおそらく誰の目にも触れず、今後も触れることはなかったでしょう。家系図作りを通じて一期一会で出会い、名前が記録に残ることで、この人たちが生きた意義が少しでも残るとよいなと思っています。

d:戦争の影を見る
1945年にフィリピンで戦死した先祖がいましたが、状況までは分かりませんでした。別途フィリピンの戦史を読みましたが大変な激戦で全滅した部隊が多くどうやって最後を迎えたか記録が残っていない方も多いようです。
戦争の大きい影を感じ、その厳粛な思いに打たれました。

4、特別に心に残った祖先について
鏑木矢柄という人物
上記したように母方は今の私の姓ではなく、別の家から商家に養子に入っています。その養子の実家で一際名前の独自さで目立った人物で、幕末に奈良の同心だった鏑木矢柄という人がいました。

江戸時代の名前とは思えない矢の寓意を多く含んだ名前で、まるで役者かキャラクターのような立った名前に感じられ、そのモダンさに驚かされました。
幕末の人物で情報は限られる
しかしこの人物はこれ以上情報がなく、ただ奈良に鏑木という同心家があり、幕末に同心見習いで同姓の人物がいたことが郷土史の資料をあたって分かりました。おそらく明治維新で身分制度がなくなり、大阪の商家に子供を養子に出し子孫の繁栄を願ったのでしょう。

名前も経緯も、共に私にとって忘れられない人物になりました。個人的にはこの人物と出会ったことが本作業最大の成果だったと思います。
5、ナレッジデザイン観点からの学び
ナレッジデザインの観点で、家系図づくりから学んだことをいかにまとめておきます。

長く使うべき情報は、特化型ではなく汎用性を重視する
家系図のように更新頻度が低く長期間使うものの場合は、できるだけデータフォーマットは汎用性の高い方がよいです。このため世界で最も多く使われるデータ形式の一つである.pptxにしました。
数十年後にパワーポイントが現役で使われているかは分かりませんが、開けないことはないでしょう。

ヒエラルキーとしての家系図、フラットな関係性としての家系図
家系図とは時間軸の入った組織図に他なりません。
直系男子を主体にした家系図であれば先祖と長男を頂点とするヒエラルキーの図になります。

今回作ったように一族のフラットな関係性を記録するのであれば、世代ごとのクラスタで関係性が整理された樹形図になります。

樹形図は各人から子孫が発生するので、時代が新しくなるほどフラクタルで情報が無限に広がっていくはずですが、ここには直系以外は戸籍情報が取得できないという現実的制約があり、無限に作業が広がるのを防いでくれます。
自由度高いフォーマットに記録する重要性
フラットな関係性を記録する場合、フォーマットとしての拡張性が重要だと感じました。
各人の扱いが平等なので、途中で分かった情報を随時書き込めるようにするためです。そうすると長男家系を記録する典型的なシンプルな家系図では書ききれないことがわかりました。
このため拡張性を持たせるため、各人を一人一個のパワーポイントのオブジェクトとして配置しながらバランスを調整しました。このことがデザインの流動性に繋がり、図が煩雑になりすぎて作成を挫折したり、情報を間引くことを避けられたと思います。

すなわち情報の粒度が低い場合に、自由度の高いフォーマットは最初こそ面倒でも、後々まで支えて便利になる、ということです。
6、家系図は最後、一族に発表・共有することで、一族の神話になる
家系図作りも2024年に一段落し、迎えた2025年正月、私は親族が集まった場でPCをテレビに繋ぎ家系図調査の結果を発表しました。家系図の解説のほか、私が先祖の地でとった写真や文献で調べたエピソードも交えて簡単なスライドショーにしました。
興味を持って聞く人も、無関心な人もいました。
ただ、こうやって発表したことで、情報をまとめただけでなく、一族の歴史が初めて、断片的な記憶から語られる歴史=ナラティブになったと感じ、大変な充足感を感じました。

何もしなかったら消えていった歴史でしょう。少しでも親族の心に残ったら嬉しいですし、情報としてまとめたことで、後の世代にも役立つでしょう。こうして続けていくことで、いつか一族だけのナラティブ=神話になっていくのだと思います。
以上、私の家系図作成についての記録と学びになります。少しでも読む方の役に立ち、これを機に家系図作成を始める方がいらっしゃったら幸いです。

