連続退職を考える〜現代の呪的逃走

皆さんの職場でも、何かをきっかけに社員が次々と辞める、いわゆる連続退職で組織が立ち行かなくなった経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないでしょうか。

このコラムでは、神話の呪的逃走という概念からこの連続退職を解釈し、何がこれを食い止めるのかの一つのヒントを提示したいと思います。

連続退職の一事例から

以前私が聞いたある会社での連続退職の話です。

それはあるグループでした。

わずか1年のうちに最初は若手社員の退職から始まり、複数の中堅社員や管理職が辞め、案件を引き取った管理職も程なくして辞めていきました。

最初にやめた若手社員は、飛ぶ鳥跡を濁さずという余裕も無かったようで、会社への恨み言を多く吐いて辞めました。これが引き金だったようです。

その後はわかりませんが、専門性の高い案件だったので、急速な複数の関係者の退職はおそらく案件自体が立ち行かなくなる結果になったのではないか、と容易に想像できます。

呪的逃走であるという気付き

これを聞くと、当初はただ人がよく辞めていくな、大変なのかなと言うぐらいにしか思いませんでしたが、後で俯瞰すると、これがある種の呪いを含む一連の行動であったと分かりました。

そしてこれは神話に繰り返し登場する、呪的逃走という概念と同じだと気づきました。

呪的逃走とは?

呪的逃走とは神話によく出る概念

呪的逃走とは神話によく出現する逃走の形態です。

主人公が悪意のある世界(魔界、冥府など)から逃走を図るが追手(鬼、死者など)追われます。主人公は複数の道具(お札、櫛など)をもっており、追いつかれそうになると、これを一つずつ投げ捨てていきます。

投げたものは別のものに変化し(食料や追手を阻む植物など)、追手がそれに気を取られるうちに主人公は遠くに逃げます。

神話では道具を3回投げ捨てて、ついに追手を振り切り現世にたどり着く内容が多いです。

なぜ呪的逃走は神話によく出るのか

日本神話だとイザナギが冥府にイザナミを迎えにいく話が有名です。

他に三枚のお札、グリム童話など繰り返し現れる話です。神話学者のジョセフ・キャンベルはこれを、英雄の旅物語の一環で世界に共通した物語類型と発見し、呪的逃走と名付けました。

世界で共通しているのは、人間の無意識に刻まれた逃走の物語=ユング心理学でいう元型だからなのでしょう。そしてこれが現代のオフィスでも繰り返されている、と私は考えます。

連続退職の何が呪的逃走なのか。

呪的逃走は人間の心理を象徴している

逃げる人間が窮鼠の思いで投げつけたものが呪いをもって変化し、追っ手の想像もしない結果を招く、これが呪的逃走の一つの本質だと思います。

そしてそれは連続退職の場でも繰り返されているのではないでしょうか。

今回の事例に即して言えば、最初の退職者が吐いた呪詛が、本人の意図しないところで大きな効果を発揮してしまいました。

なぜ呪的逃走が現実になってしまうのか

一つは思いがけず問題ある業務の本質をついてしまい、関係者に気づきや白けを与えたことです。

二つ目に、実際に辞めてしまうことで業務負担が関係者にかかり、具体的な退職の原因になったことです。一つの効果だけだと大した問題ではなくても、二つの効果が重なったことが後任者の気持ちを挫いたことは間違い無いでしょう。

そしてまた退職が起こり、問題が解決されないまま、後を継いだ人間に後ろ向きな空気と多大な業務負担が残され、また退職が起こる、この繰り返しが起こったのだと思います。

最初の退職者が投げた呪詛の言葉をうまく処理できなかったことが、これほど大きい負荷を会社に与えるとは、誰も想像し得なかったのでは無いでしょうか。

退職者自身が逃げるために吐いた呪詛が変質した顛末は、まさに冥府から追ってくる亡者の群れに対してイザナギが投げた櫛がタケノコの山に変質し行く手を阻む景色が再現されたかのようです。

なぜ呪的逃走の構造が職場で繰り返されるのか?

呪的逃走が実現しやすい環境だった

職場には、逃走的に退職する人がいる時点で、すでに全員に問題が無意識レベルで重くのしかかっていることが多いです。ただ皆、生活・立場・しがらみなどがありその気持ちを抑えています。

ここで本音をぶつけるような露悪的な逃走が起きると、無意識レベルに抑えていた気持ちが言語化され、もう限界という心理が集団に共有されてしまうのだと考えます。

呪的逃走は連鎖する

これに引き継がれる実務の重さが加われば、あとは加速度的に退職の心理が集団に動き出してしまうでしょう。

呪的逃走は物語的でありながら、人間心理の心理を表現した寓話だったと言えます。

何が呪的逃走を食い止めるのか

個人的な経験から

最後に私自身が会社員を退職した際の話をします。

退職の直前に、ある人から話を聞きたいと連絡があり1時間ほど話しました。

現状の問題についてどう思うかも話しました。そして正直に問題を解決する術は思いつかない、と話しましたが、その人には笑って聞いていただきました。

この時間はこの人には何も得ることはなかったかもしれませんが、私は会社員人生で初めて立場にとらわれず自分の本音を素直に語れる場で、会社員人生の最後に非常に印象に残る気持ちのよい場でした。

本来狙ったことではないかもしれませんが、自分の中のわだかまりが全部吐き出せたからです。

辞めていく人の話を聞く大事さ

このことから、退職者に対して最後に会社ができることは、いたずらに引き留めたり、引き継ぎで縛ることではなく、退職者の気持ちを受け止める場=傾聴ではないかと考えます。

傾聴をすることで、実際の問題は解決できなくても、少なくとも言語化され、理性のレベルで理解できることで、多くの人の不安を掻き立てることは少なくなると思うからです。

だから退職者の上司の方には、退職の決意が固い人がいたら、いたずらに引き留めるのではなく、最後によく話を聞いて受け止め、気持ちよく送り出していただきたい、そう思います。

そうすれば、呪いの籠った呪詛が投げつけられ部署が壊滅するリスクが制御でき、結果的には会社や部署を救うことになると言えます。

呪的逃走は繰り返し起こりうる

マッドメンのハイライトシーンから

最後に、私の大好きな諸星大二郎の漫画“マッドメン”で印象的なハイライトシーンをあげておきます。

像をクリックすると該当ページに移動します。
※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(河出書房『マッドメン』)より引用。

舞台はニューギニアの密林。

野心に取り憑かれた人類学者が悪霊の仮面を盗んで逃走します。主人公は人類学者を追跡しますが、人類学者は神話の構造を思い出します。

追いつかれそうになる度に象徴的な物を投げ主人公にダメージを与え、遂に逃走に成功し、文明社会に悪の仮面を持ち帰ってしまいます。

画像はイメージです

このシーンの教訓

この時、神話の構造は善=主人公だけに寄与する物ではなく、構造が先にあり人物は後から入れ替え可能だと説明されます。

これは非常に重要な指摘だと思います。使う人が正しいか間違っているか、善意か悪意かに関わらず、呪詛を投げつけて逃走する構造は、思いがけず周囲を巻き込み、逃走のダメージを大きいものにしてしまいます。

この構造があるからこそ、逃走する人には、なおさら配慮しないといけないということになります。

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