前回のコラムではカフカの“掟の門”を題材に、人間の一生を左右してしまうほどの、規範の内面化について書きました。
今回のコラムではさらに踏み込み、個人にとどまらず集団で内面化された規範が、意図せず集団の可能性を狭めて致命的な判断につながってしまう例を、グリーンランドに入植したヴァイキングの悲劇を紐解きながら解説したいと思います。
1、ヴァイキングの悲劇とは
ご存知の方も多いと思いますが、ヴァイキングは現在のデンマークやノルウェーを起源とし中世ヨーロッパで猛威を振るった海洋民族です。近年では漫画“ヴィンランド・サガ”で日本でも有名ですね。
ヴァイキングの一部は西へと航海し当時無人だったアイスランドを発見、さらにグリーンランドまで到達し入植しました。当時のグリーンランドは現在よりやや温暖だったこともあり、最盛期では主に牧畜や狩猟で生計を立てながら数千人の人が暮らしていたようです。

ただし彼らの生活はやや特殊なものでした。
グリーンランドで獲れるイッカクの牙が貿易品として需要があり、ヨーロッパとの交易をしていました。
しかし生活の中心はキリスト教の信仰にあったので、交易の利益は生活の改善や技術発展に使われず、もっぱら教会の整備や信仰のための聖具の輸入に使われていました。そのため社会が発展することはなく、ずっと現状維持で続いていました。

そして数百年の居住の後、悲劇が訪れます。
小氷期で地球が寒冷になると羊が飼えなくなり生計が立ち行かなくなりました。交易船も次第に途絶え、造船技術もなくどこにも逃げることができなくなりました。当時のグリーンランドにはイヌイットも住んでいたのですが、ヴァイキングとはほとんど交流がなく、イヌイットの生活様式であった漁業を学ぶこともありませんでした。やがてヨーロッパからも存在を忘れられてしまいます。
そして200年のちに、再びグリーンランドを訪れた探検家によって居住地が発見された時には居住地は完全な無人になっていました。
牧羊に変わる食料確保の手段が見つからず、餓死で全滅したと推測できます。

2、ヴァイキングの全滅から何を学ぶか
得られる2つの示唆
この史実には組織に関する極めて重要な2つの示唆が得られます。
一つ目は、内面化された規範は時に集団の全滅につながることです。
二つ目は、集団には気づいていない内在価値があるかもしれないことです。
このことを解説していきます。
集団を絶滅に追いやる内面化
これは、ヴァイキングの価値観が、生活の向上や物的な充足に置くのでなく、財を信仰に費やすことで信仰の篤さを表現する、という内面化をついに変えられなかったことで絶滅に繋がってしまったことです。
このような内面化は、たとえばヴァイキングの本国であったデンマークのように物的に豊かで、気前の良さや信心深さが何より評判につながる社会であれば、非常に有効な美徳だったのだと思います。

しかし物資が乏しく常にギリギリの生活を強いられる社会では、この行為は将来のための資本を信仰に費やしてしまうだけであり、再生産のための社会資本が築けず脆弱な社会がかろうじて続くだけの結果になりました。

ヴァイキングは中世ヨーロッパきっての優秀な開拓民であり、グリーンランドの物的状況は当然理解していたでしょう。にもかかわらず内面化された規範をアップデートできなかったのは人間の心理を理解する上で極めて示唆的です。
現代でも、たとえば企業で、どんなに将来性がなく労働環境が悪い状況でも、ほとんどの社員は自分たちの状況を客観視して思い切った改革を提言したり、会社を辞めて新天地に飛び出す勇気を持てないものです。

これも同じように、自分が今いる場所の価値観のみで考えてしまうという、内面化へのとらわれによるものでしょう。
内在価値に気づかなかったこと
実はヴァイキングは滅亡を宿命づけられていたわけではなく、いくつもの回避の方法がありながら気づくことができず滅亡しました。
最大の見逃しは、同時期にグリーンランドに北米から氷海を渡ってきたイヌイットと接触圏にいながらほとんど交流を持たなかったことでしょう。両者はお互いをグリーンランドの雪原で遠くから認識することは度々あったのだと推測できます。しかしお互いがまったく文明の異なる理解外の民族でした。もしかしたら同じ人間同士であるとすら見なかったのかもしれません。

しかしこれは致命的でした。イヌイットが持つ漁業や防寒具の技術が伝わらず、ヴァイキングの生活様式が中世ヨーロッパのままアップデートできなかったのです。
このことは、牧羊が生計手段だったヴァイキング社会で、寒冷化で牧羊ができなくなった場合のフェイルセーフを奪い、致命的な破滅をもたらしました。
漁業ができれば最低限の食糧は確保でき、なんとか社会は続いていたでしょう。しかしヴァイキングに魚を獲るものという認識はなかったようです。もしかしたら鯨や魚が海にいるのを間近に見ながら、まったく自分たちには関係のないものとして餓死していったのかもしれません。
この話も非常な示唆に富むと考えます。
それは、自分たちの集団が内在する価値がありながら、先入観が邪魔をしてその価値に気づかず、集団の存続が困難になることがあるということです。

そして例え内在価値に気づいた人や体現する人がいても、集団全体の偏見は容易にそれを抑圧してしまうということです。
たとえば現代でも、極めて優秀な社員や技術を抱える会社でありながら、長年下請けの立場に甘んじていた、子会社であり自分たちで判断する文化がなかった、などの理由で、その価値に気づかないまま製品やサービスを買い叩かれたり、リストラに甘んじる、そういうことはよくあることでしょう。内在価値への気づきは、時に集団の運命を大きく左右するのです。

ポテンシャルを眠らせてしまうもの
もともとヴァイキングはグリーンランドからさらに航海をして北米大陸まで到達した大変優秀な航海者たちでした。ヨーロッパ各地に征服王朝を作り現地の文化も取り入れ支配階級になりました。本来は文化が硬直せず、進取果敢の気質に溢れていたと考えられます。

なぜグリーンランドでこうも硬直してしまったのでしょうか。
これは全くの私の推測ですが、当時の文明世界の最果てにあって他文明との交流に乏しく、現地の社会も狭い状況では、新しいチャレンジよりも、今いる共同体の規範に尽くす内向きの精神のみが評価され、ヴァイキングが本来持つ気概が次第に消失していたのかもしれません。
このようなことは現代の企業社会でもよくあると思いませんか?
3、現代に続く示唆
グリーンランドで滅亡に至ったのは、どんなに優秀な組織であっても内面化された規範への囚われが長期的に破綻をもたらす、極めて実証的な話と考えます。
そして集団の構成員は集団のみに依拠していると内在価値に気づかないことでその破綻を決定づけてしまうのも、示唆的だと思います。

集団が生きていく上で必要なのは、知恵や能力の高い人だけでなく、外の視点を持ち込んで違和感を覚える人、気づきを与える人も不可欠なのでしょう。
たとえどんなに優秀な集団であっても、これらの視線を忘れたことで、近かれ遠かれいずれ破綻することは避けられなくなるということを、この史実は教えてくれます。集団の違和感に気づく人が、集団を内面化の拘束から救い出し、集団を延命させる。このことを本日の結論としてまとめたいと思います
4、参考文献
グリーンランドのヴァイキングの悲劇については、ジャレッド・ダイヤモンドの歴史解説の名著“文明崩壊”に多くの情報を得ました。ヴァイキングのグリーンランド植民地滅亡の章は本書の白眉であり、多くの示唆をもたらしてくれます。
他にも世界史上の多くの文明が崩壊した事例を紐解きながら、何が集団の道を誤らせるのかを分析した大変面白い本です。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ「文明崩壊 上: 滅亡と存続の命運を分けるもの (草思社文庫)」より引用。
※なおヴァイキングの滅亡に関しては、近年複合的な要因であったという学説が有力で、本書の説はやや単純化されたものとみなされるようです。しかし文明の滅亡を内面規範から読み解いた鋭さは損なわれるものではありません。
本文中でも紹介した幸村誠氏のヴィンランド・サガは、11世紀のヴァイキングの征服戦争と北米開拓を現代的視点で解釈した大変興味深い漫画です。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ「ヴィンランド・サガ(1) (アフタヌーンコミックス)」より引用。
本コラムで紹介したグリーンランドヴァイキングの滅亡はこの300年ほど後の話になりますが、漫画では活き活きと描かれたヴァイキング社会が、その後規範の内面化に囚われてしまうのは、人間心理の陥穽として学ぶところは大きいと感じます。

