このコラムでは、私の好きな企業であるILM(インダストリアル ライト&マジック社)の歴史から、文化を作り出す文化英雄がいかに生まれるかの一例をお話しします。
ILMとは?
ルーカスフィルムから生まれたILM
ILMは映画好きの方ならご存知の方は多いと思います。
スターウォーズの監督、ジョージ・ルーカスが作った、映像効果・特殊撮影を専門とする会社です。ルーカスフィルムの子会社として創設され、2012年のディズニーによるルーカスフィルムの買収後は、ディズニーグループの一角を担っています。
このILMはもともとルーカスがスターウォーズの特撮をするために作ったスタジオで、これ単体で長期的に収益を上げていくためのものではなかったようです。
しかしスターウォーズが公開され映像技術が注目されると、ILMにも脚光が当たることになりました。
ILMが作った競争優位性
中でも世の中を驚かせたのはモーション・コントロール・カメラの技術でしょう。

カメラと被写体をコンピューター制御で寸分違わず何度でも同じ動作をさせる技術です。これでいろいろな被写体を別々に撮影し、後でフィルム光学合成することで、まるで同じ映像の中で動いているように見せることが可能になりました。
CG導入以前の映像技術の最高到達点と言っても差し支えないでしょう。
特にスターウォーズEP6のクライマックスでファルコン号とXウイングがデススター内部に突入し、狭いシャフト内でTIEファイターとドッグファイトをして遂に中心のリアクターを破壊するまでのシークエンスは、複数の物体がアナログ合成で完璧に同期されていてこの技術の特異点といえますね。

ILMは請負業務でさらに伝説を強めた
さて、ルーカスは映像技術が注目されると、会社の価値がただのスターウォーズ制作の一機能ではなく、時代を変える価値をもつことに気づきました。そして映画を作る各社に自社で設備投資をすることなく特撮を任せられる課題解決企業として入り込みました。
そして多くの大作の特殊効果の仕事を通じて、アメリカの80年代以降の映像技術を一気に世界トップに引き上げました。

参加リストにはインディジョーンズ、ターミネーター2、ハリーポッター、パイレーツオブカリビアンなど錚々たる作品が並びます。まさに現代の神話の作り手とも言えますね。
神話の作り手もまた神話になる
ILMの神話的側面
さらにここからがILM自体の神話的な側面です。
彼らの技術は80年代以降の映画全体の傾向を変えました。70年代のアメリカ映画が内向的なニューシネマに偏っていたところに、ILMが送り出したSFX超大作群は産業全体を大作主義・エンタメ主義の明るくわかりやすいものへと変えたのです。
ILMの社員は自分たちが映画の未来を切り拓いているという誇りを持ち、ただの下請けではない生きがいを感じる職場を築いたといえるでしょう。そしてこれは世界の多くの神話に共通する文化英雄の物語が現実に再現されたものと言えそうです。
文化英雄とは、人間に火や農耕などの新しい技術をもたらす英雄のことです。ギリシャ神話のプロメテウス、旧約聖書の蛇(あるいは蛇に姿を変えたルシファー)などが著名ですね。

彼らはしばしば既存秩序への反逆者であり、人間に文化を伝える代わりに試練を負うことになります。プロメテウスは天界から火を盗み人間にもたらした罰として、ゼウス神に捕えられ、岩山に縛り付けられ毎日鷲に肝臓を啄まれる責苦を追うことになりました。ルシファーは最終的には天に叛逆し堕天使となり、地獄に繋がれることになりましたね。

このような物語が世界各地で語られたのは、新しいものをもたらす困難さとその偉大さが、神話の人物に表象されたからなのでしょう。
文化英雄としてのILM
ILMもまた、これまでに世界に例がなかった特撮技術特化の会社になり、世界最高峰の技術を維持する試練を通じて自社の課題解決の力を磨き、ただの下請けスタジオではなく、映画の未来を作る会社になりました。それは社員にも幸福だったようです。
余談ですが、Glassdoorの社員レビューでは、文化・価値観(Culture & values)4.4/5点、社員の76〜80%が友人に薦めたいと回答するほど評価されており、先進的なだけではなく働きやすい会社でもあるようです。

つまりジョージ・ルーカスはスターウォーズという英雄譚を通じて意図的に神話的な英雄の話を真似る同時に、意図せずILMというもう一つの文化英雄を作り出したということができるでしょう。
そしてその文化英雄は、神話の人物のように過大な犠牲を負うこともなく、世界を大きく変えることになりました。これは恐らくはスターウォーズに匹敵するか、それを超える人類史への文化貢献だったかもしれません。
ILMから企業は何を学べるのか
作り手が神話になったのはどんな意味があるのか
ILMは、スターウォーズという神話を成立させるために生まれた組織でした。本来は、神話を語る側ではなく、神話を支える作り手に過ぎません。
しかし結果として、ILM自身がもう一つの神話になりました。それは自己主張や理念の宣言によるものではありません。日々与えられる困難な要求に対して、何が可能かを問い直し続けた結果でしょう。
文化英雄とは、最初から英雄として振る舞う存在ではありません。新しい視点や前提を社会に手渡したとき、後からその役割が認識されます。ILMは、物語の裏側に立ちながら、映画産業全体の想像力の限界を押し広げました。
神話を作るための組織が、結果として、別の神話を生んだのです。

このことから学べること
この事例が示すのは、主役でなくても、文化を更新することはできるという現実です。
役割を引き受けつつ、価値の定義まで他者に委ねないという努力の積み重ねが、神話の作り手を、次の神話へと変えていきます。

そしてこのことは全ての企業にとって示唆になることと私は考えます。
- 主役であっても裏方であっても、自分の役割を明確に意識する。
- 最終納品物の中で自分が果たした役割を明らかにする。
- 文化として伝えられるものを言語化して公表する。
たとえばこのような努力が、仕事をただの仕事として終わらせるのではなく、文化として継承していくことになるのではないでしょうか。
そしてその努力は、文化英雄とまではいかなくても、社会を少し前向きで明るい未来に繋いでいくものなのかも知れません。

