今回は、古代オリエントの宗教であるマンダ教と映画マッドマックスシリーズを通じて、私たちの生活にもつながる叡智の断片化、というテーマでお話ししたいと思います。
1、マンダ教という宗教
マンダ教という名前を聞いたことがある人はほとんどいないと思います。イラン発祥で2000年以上の歴史を持つ古代宗教ですが、現在、イランでわずか数千人、またヨーロッパへの移民の間でごくわずかに伝わっているだけの、失われつつある宗教です。
教義の特徴は、この世界を悪の世界と見做し、叡智を得た限られた人のみが真の世界に到達できるという、グノーシス主義という古代宗教の系譜で現在唯一残っている宗教であるということです。
グノーシス主義は生存環境が厳しい古代にあって人間の力ではどうにもならない世界の不条理を説明する考え方として一般的でした。ここからマニ教、カタリ派など多くの宗教が生まれました。
しかしその思想は現生を否定するものであり、時の権力者から弾圧を受け、現在残っているのが唯一マンダ教のみと言われます。
これはマンダ教の本拠地であったイラン南部の湿地帯が複雑な地形で、周囲の国家が統治できず無政府地帯のままであったことで、マンダ教の命脈を保てていたことが理由のようです。しかしイランイラク戦争で両国間の戦場になり、結果多くのマンダ教徒が弾圧を受け、国を追われたようです。

2、マンダ教は現在どうなっているか
マンダ教の現在を知る本
私は以前からこのマンダ教に関心がありました。グノーシス主義の系譜に興味があったこと、また古代からオリジナルの宗教が続いているというロマンが理由です。しかし情報がほとんどない中で神秘的なイメージが先行し、現在の姿が想像できなかったのも確かです。
そんな時、一冊の本に出会って衝撃を受けました。それがこの本です。
ジェラード・ラッセル『失われた宗教を生きる人々 ― 中東の秘教を求めて』

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(失われた宗教を生きる人々)より引用。
本書では、イランから逃れオーストラリアやドイツに移住したマンダ教徒のインタビューが多数載せられています。
マンダ教はいまどうなっているのか
ここで驚いたのは、マンダ教にあった神秘的なイメージがほとんど感じられず、現在のマンダ教徒が今では普通の市民と何ら変わらない文明生活をしていることです。
そしてマンダ教の教義はほとんどの教徒にはごく一部の断片しか伝わっておらず、ほとんどの人が教義を理解できず、ただ先祖から伝わった因習としてしか認識していないという事実です。これはマンダ教が新しい信徒を勧誘せず、信徒の子孫しか信徒にしない閉鎖性の高い宗教であることも理由かもしれません。
その結果、彼らはもはやマンダ教を、本来その意義であっただろう、精神の救いや世界の理解のための叡智ではなく、ただよくわからないが先祖から続いているもの、ただ自分たちのアイデンティティであるから捨てられない、ということのようです。
著者は、もはやこの宗教自体が失われるのも間も無くのことだろうと予測しています。2000年以上続いてきた宗教のあまりに寂しい現状です。
体系が失われた叡智はどうなるか
ここから2つの教訓が浮かび上がります。
一つ目の知識にどんな精緻な体系や仕組みがあっても、閉鎖的になり、全体を伝える努力を忘れると断片化しては失われるリスクが非常に大きい、ということです。
そして二つ目は、それでも断片化した知識が残る時、それはしばしば因習として、全体を理解していない人を逆に縛り付けるものに転じる、ということです。
3、映画“マッドマックス”シリーズに見る象徴的なシーン
ここからは全く代わりますが、この断片化して失われていく叡智を最も現代的に表現した映画として、マッドマックスシリーズを挙げておきます。
マッドマックス・サンダードーム
3作目のマッドマックス・サンダードームという映画をご覧になった人はいるでしょうか。文明崩壊後のオーストラリアの砂漠で、悪徳の街バータータウンから死の追放にあった主人公マックスは、砂漠で生きる子供だけの集団に救われます。
この集団では当初率いていた大人が消え、生き残った子供たちだけが、残された文明の知識を宗教のように信じていると描写されます。文明時代には子供用おもちゃだったパノラマ写真が聖典のように扱われ、シドニーのオペラハウスの写真を失われた楽園のように崇拝しています。
そしていつか、彼らが見たこともない飛行機がやってきて自分たちを救済してくれると信じています。カーゴカルトであり、また急速な文明退化で文明のもっとも象徴的なパーツの知識だけが断片だけ残ったという、極めて印象的なシーンです。
知識が体系性を欠くとこれほど短期間に宗教化するという象徴的なシーンです。
なお映画らしく、マックスの活躍で子供達だけは楽園に辿り着き、その後長く部族の口承の神話としてマックスのことを語り継いでいくという、美しいラストを迎えます。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(マッドマックス・サンダードーム)より引用。
マッドマックス 怒りのデスロードとフュリオサ
マッドマックス怒りのデスロードとフュリオサに出てきた戦闘集団ウォーボーイズも印象的です。彼らは自動車運転のプロフェッショナルですが、自動車は科学知識に基づいた製品ではなく、エンジンを崇拝物とする物的信仰を原理に行動します。
そして宗教的な独裁者イモータン・ジョーのもと、戦いの中で死ねば死後ヴァルハラへ転生できると妄信するカルトとして描かれます。
ウォーボーイズは改造車で砂漠を走り、マックスを追いながら次々と自爆攻撃を仕掛けてきます。自動車と死が祝祭のような高揚感で描かれます。
たかが劇中より2〜30年前のアイテムが物神として崇拝されるのですから、これも科学なき後、いかに知識が妄信に転じるかの興味深い描写です。
マッドマックスシリーズは文明崩壊後の世界で、科学の体系的な知識が失われて断片化し、宗教に回帰していく描写が実に上手いですね。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(マッドマックス・フュリオサ)より引用。
4、現代の私たちに活かせること
これは宗教や映画だけの話ではありません。私たちの働く会社や身近な組織でも同じことが言えると考えます。
皆様の会社にも、当初は偉大な成功例や必勝法だった知識が、当初の意義を次第に忘れられ、断片化し、時代に合わなくなり社員を苦しめている。そんなものはありませんか。
会社の文化とは、一般に好ましいものとして語られますが、同時に断片化した因習に転ずる可能性があると、皆認識しておいた方がよさそうです。
これは大きく3点だと思います。
- 無意識に社員を苦しめる価値基準、考えかたに率先して気づく
- なぜその構造ができたのか、俯瞰した視点で考える。
- 断片を明文化し、文化として継承するのか、廃止していくのか判断する。
体系的に統合された叡智が、企業で働く全ての人を幸福にしていくことを願ってやみません。
なお、当社では、企業内に分散したナレッジの集積、暗黙知の継承、企業文化の明文化をお手伝いいたします。ご興味のある方は下記のお問い合わせボタンをクリックし、リンク先のフォームにご入力ください。折り返しこちらからご連絡させて頂きます。
5、本記事の参考文献
グノーシス主義とマンダ教に関しては、日本のオリエント宗教の第一人者である青木健さんの、こちらの本に教義や歴史が解説されています。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(古代オリエントの宗教)より引用。
またマンダ教の本拠地であるイラン・イラク南部の湿地帯については、ルポライターの高野秀行さんが実際に旅行し、現状が大変詳しく描写されています。この本は2024年に第28回植村直己冒険賞受賞作品を受賞した、大変面白い本です。

※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(イラク水滸伝)より引用。

