貴族が働く国 インカ帝国から労働の本質を考える

皆様は労働が人間にもたらすものは何か、そのことを考えたことはありますか。

私たちにとって労働は対価を得る手段、必要、充実、生きがい、苦役、時間浪費など様々な側面があり一筋縄では語れない概念だと思います。

このコラムでは、古代国家でも特に異色の労働観を持っていたインカ帝国の事例を見ながら、労働をどう捉えていくべきなのかヒントにしたいと思います。

1、古代で労働はどのようなものだったか

労働の捉え方は時代で変わる

昔の人は労働をどのようなものとして捉えていたのでしょうか。実は勤労という概念は人間古来ずっと存在したものではありませんでした。

一般に、労働を尊ぶ価値観は近世ヨーロッパのプロテスタンティズムに遡るとされます。それまでの多くの国において、労働とはどちらかというと避けるべき苦役であり、特に身分が高い人にとっては、いかに労働をせず、精神的な活動に専念できるかが人間の価値でした。

古代ギリシャ・ローマでの労働観

古代ギリシャやローマの社会はその典型です。

貴族にとって肉体労働や家事労働は奴隷がするものであり、政治、軍事、芸術、社交に専念できることが嗜みでした。庶民は労働せざるを得ない生活でしたが、このことが賞賛されることはほとんどなく、どちらかというと労働=貧しさで捉えられがちでした。

李氏朝鮮時代の労働観

この極端なケースが中世の李氏朝鮮の貴族階級である両班です。

両班では労働を忌み嫌うあまり、時には重いものを持つことや自分だけで立って歩くことすら忌避され、人に寄りかかって歩き、箸より重いものは持たないのが両班の美徳とみなされることもあったというから驚きます。

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近代ブルジョワジー社会での労働観

これは近世に行っても変わりません。

経済史家ソースティン・ヴェブレンの著名な著作“有閑階級の理論”によると、19世紀ヴィクトリア朝時代の英国全盛期にあって裕福さのステータスは家事使用人をたくさん雇い家事労働をしない事であり、上流階級であれば例えばコック、清掃、皿を磨くため、奥様の話し相手になるため、など用途別に何十人もの使用人を抱えるのが通常でした。

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※画像は Amazon.co.jp 商品ページ(有閑階級の理論 ちくま学芸文庫)より引用。

これらはいかに自分が働く必要のない身分であるかを見せつけるためのもので、ヴェブレンからは衒示的消費と呼称されます。ヴェブレンはこの意義を一文で分かりやすく説明しています。

すなわち“労働の回避を顕示すること。労働は窮乏の証拠である。”と。

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多くの社会で労働は貧しさの象徴だった

これら多くの社会で共通するのは、労働が貧しさの象徴であり、いかに労働をしないかが人間力の高さ(例えば身分、武力、権力、財力、美意識など)の顕れと考えられた事でしょう。

労働は人間性を損なうもの、というのが根底で共通した価値観とも言えます。

2、インカ帝国における労働観

インカ帝国独自の労働観

さて、これらの労働を忌避する文化とは反対に、インカ帝国は極めてユニークな労働感を持つ国でした。インカの社会性であったミタ制のもとでは、貴族は遊民階級ではなく庶民と同じように勤勉に労働することが美徳でした。

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さらに労働の報酬は身分を問わず個人の所有にならず一旦国庫に収まったのち分配されるという点も独特でした。

額に汗しないことが美徳な他の古代社会とは価値観がまったく違ったのです。

労働は名誉を伴うものだった

ただし同じ労働でも身分で内容に違いがありました。

貴族は知識の継承者であり、教育でスキルを身につけ織物・工芸・美術・金属加工などの手工業を独占的に担いました。

逆に庶民は知識の習得は許されず、もっぱら農作業や土木作業を行い貴族のような手工業や文化活動は許されませんでした。

つまり身分は高次労働の権利として機能し、名誉という形で報酬が与えられていたと言えます。

なぜインカ帝国は独自の労働観をもっていたのか

インカ帝国では西洋社会のように高い身分が低い身分を収奪する社会ではなく、貴族が作る道具を使って庶民は農業を行い、農作物が国庫に入り王の権限で再分配されるという、身分による生産のバリューチェーンがあったという点が他に類を見ないユニークさだと思います。

おそらくはインカ帝国が他の高度な文明圏と接触がない孤立した文明で、労働に関する価値観が外部から影響を受けなかったことが、この労働の権利を特権とする価値観ができた一因なのでしょう。

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3、現代日本での労働

労働忌避が高まっている現代

現代の多くの国では貴族制は廃止され、さらに日本では建前上、勤労の義務が定められています。労働が悪であるという考えが公然と唱えられることは表向きほぼ無いと言えます。とはいえ、古代に多くの国に見られた労働軽視の考え方は現代にも継承されていると考えられます。

特に昨今、完全に働かないことを美徳とするFIREムーブメントや労働をせず影響力を収益に変えることが美徳とされるインフルエンサーが憧れを持って語られます。

労働忌避の価値観が再び影響力を持ち始めているとも言えます。ここまで極端ではなくても、できれば長くきつい労働は回避したいという価値観を持つ人は多いのではないでしょうか。それは“静かな退職”という言葉が浸透し出した令和以降加速している傾向といえます。

参考サイト:正社員の静かな退職に関する調査2025年(2024年実績)

この状況にあって、多くの経営者や管理職の方も社員の勤労意欲を引き出すことに苦慮されていると思います。組織はスマートに効率的に働く人だけでは回らず、がむしゃらに汗をかいて働く人が不可欠であるにも関わらず、近年の人手不足で採用難や転職の増加で、労働価値が軽視されていることに危機感をお持ちなのではないでしょうか。

4、インカ帝国から得られるヒントとは

名誉の価値は高い

上で見たようにインカ帝国の貴族の特権は働かないことではなく、特定の労働を独占できることにありました。独占した手工業も、工芸のように長年の修練が必要なものや金属加工のように危険が伴うもので、決して楽な労働ではなかったと思います。

それでも与えられる名誉としての価値が、特権階級が独占するに十分なものだったのでしょう。

他の社会でも特権階級が独占できる名誉は必ずしも安楽なことだけではありません。英国やギリシャではもっぱら軍務と政治に与えられ、李氏朝鮮では儒教の勉強に与えられました。それがインカではたまたま手工芸スキルという労働であったということなのでしょう。

このことは、名誉の代償は必ずしも安楽さにあることではないということ、そして社会的な位置付けがあればたとえ重労働であっても独占したくなるほどの名誉になりえるということを示しています。

名誉としての労働の価値

これは現代を生きる私たちにもある種のヒントになるのではないでしょうか。すなわち

  1. 労働が固有の名誉を伴えば、独占したくなるほどのモチベーションになる、ということ
  2. 経営者は社内の各労働に、独占したくなるほどの固有価値を作り出す必要がある

ということです。

名誉を多くの人に共有する

これは私が会社員時代も度々見たことですが、同じ会社であっても外向きの華やかな仕事と内向きの地道な仕事は本来差がなくどちらとも重要であるにもかかわらず、重要さへの自己認識に差がついている場合が多いと思います。

さらによくないことに前者の管理職が後者の管理職に対し優位性を示す発言をしたり、後者がそのことで萎縮したり、という事もしばしば見受けられました。

すぐに実現できることではないですが、まず明日から自分の見方を改める、自分の部署であれば固有の価値を考える、経営者であれば各部署の価値を名誉として認めそれを公言する、そうしたことの積み重ねが、ひいては各部署の労働価値をたかめ勤労意欲の向上につながるのだと考えます。

インカ帝国の労働制度は、労働の報酬としての名誉について現代に通じるヒントを与えてくれます。同じように社内の全ての部署が名誉を持って報われる、そういう組織が実現できることを願ってやみません。

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